


上半期の罪や穢れを祓い、新しい半年を迎えましょう

夏越の祓(なごしのはらえ)は日頃知らず知らずのうちに犯しているかも知れない私たちの罪や穢れを祓う上半期の除災式になります。毎年6月30日に伏見稲荷大社にて開催され、水無月の大祓とも呼ばれます。茅の輪をくぐることでそれまでに溜った穢れを除災し、年末までの半年間の無事を祈ります。
同様の祓え式が年末にも開催されますが、そちらは師走の大祓と呼ばれます。私たち日本人が昔から穢れを払うことを習慣としてきたことがよく分かります。
困っている人はお稲荷さんを信仰して欲しいと思います

こんにちは。もう何十年も前からになりますが稲荷信仰をしています。眼力社だけでなく稲荷山のあちらこちらを参拝しています。転勤で日本各地に住みましたが、東京でも名古屋でも豊川稲荷を信仰し、福岡にいた時も地元のかなり小さな神社のお稲荷さんを信仰していました。
でもやはり自分にとって居心地が良い神社は伏見稲荷で、稲荷山を一周した後の気分は最高です。何物にも変えられません。願い事もよく叶えていただきました。子供の体調が悪くなった時も、自分のメンタルが病んだ時もすべて治していただきました。生涯を通じて、一口では言えないほどの感謝があります。
夏越しの大祓はなかなか時間が合わず毎年は行けていませんが、行くと必ず助けていただけたり、辛い状況が改善したりします。今の若い世代がどのくらい神社の有難みをご存じかは分かりませんが、そういうものは有ると思う人にはあり、無いと思う人にはないのだろうと思います。ぜひとも困っている人はお稲荷さんを信仰して欲しいと願います。
茅の輪の由来
鎌倉時代に書かれた「釈日本紀」に引用された「備後国風土記」によると、昔、ある神様が旅をしていたそうです。夕暮れになり、ある兄弟に宿を借してほしいと頼みました。しかし裕福な弟、巨旦将来(こたんしょうらい)は断り、貧しい兄の蘇民将来(そみんしょうらい)は粗末ながらも家に招きもてなしたのだそうです。

数年後またその村を訪れた神様は、兄の家族に茅の輪を腰に付けていれば疫病を避けることができると教えました。その後、本当に疫病が村を襲いましたが兄の家族だけは助かりました。のちにその神様はスサノオノミコトと分かったそうです。
無病息災を祈願するために腰につけていたものが江戸時代ごろには現在のようにくぐれるような大きなものになったと言われています。茅の輪くぐりは稲荷神社に限らずどこの神社でも見ることができます。
なぜこの時期にお祓いするのか

昔の人々は今のように衣服をたくさん持っていませんでした。洗濯をすることもないまま今までの衣服を着ていると知らず知らずのうちに病気にかかり、村中に疫病が蔓延することもありました。そのため、じめじめと蒸し暑くなってくるこの時期に衣替えをし、新しい衣服に着替えることで厄病から逃れられると身をもって感じていました。
当時、病気はウィルスや病原菌が原因と分かっていない人々からすると、罪や穢れが招いた災いだと考えられていました。この時期にお祓いをすることで今までに犯してしまった自らの厄をリセットし新しい半年を送ろうと考えたのではないかと言い伝えられています。
神社は助けてくれる、ありがたい場所
昔々、平安時代を想像してみてください。病院もなければ、医学もない、食べ物も安定的に作ることができない時代、人間は何か悪い事が起これば、すべては天がお怒りになり人間に災いをもたらしたと考えたことでしょう。

そんな時、私たちの先祖は近くにある岩や大木に手を合わせ、どうかこの危機をお救いくださいと祈ったことでしょう。岩や大木以外にも山や空、太陽まで、天が作ったと思われるものを神様に見立て願い事をしてきました。そのうちその岩や大木に紙垂(かみしで)がかけられ、お社ができ、神社に変わっていったというのが今の神社ができるまでの成り立ちではないでしょうか?
現在日本中にある神社にはそれぞれに伝説が残っています。地元の人たちに聞くと、その土地にかつて起こった飢饉や疫病を救ったとされる逸話があり、干ばつに雨を降らせた、大雨で洪水を鎮めた神様がいるという複数種のエピソードがあります。病院もなければ天候も予測不能、また突然の目に見えないウイルスの出現に対峙し、どれだけ多くの人が恐怖を感じていたことでしょう。
今も昔も神社は人々の想念が作り上げている場所。人生には突然のトラブルや困りごとが起こります。そんな時に少しでもご加護をいただき、助けてもらえるように、半年に一度、できれば月に一度の神社参拝はしておくと良いですね。
水無月(みなづき)と和菓子

旧暦で6月の異称を水無月と言います。水の無い月と書きますが神無月と同様、「無い」ではなく「の」という意味になります。この時期に田んぼに水を引くことや梅雨に入ることから「水の月」と呼ばれています。
同じく水無月と呼ばれる三角形の和菓子があります。これは平安時代に始まった風習の名残で、今でも京都では6月限定の和菓子になります。
夏越の祓(なごしのはらえ)のこの時期に暑気払いとして氷を食べる風習がありました。宮中の高貴な人々は氷の上に煮込んだ小豆を乗せて食したそうです。豆と言えば豆まきで知られる通り鬼や魔物を追い払う力があると信じられている食べ物。小豆は煮込むと赤くなりそれが魔除けの力があったともされています。

しかし庶民には氷が手に入らないため、それを模した半透明のういろうを使ったと言われています。四角形のういろうを半分に切り三角にすることで一年の半分を祈願する意味が込められているとも言われています。
梅雨から猛暑にかけて気温の上がる京都の夏を乗り切ろうとした京都の人々の祈りが込められている和菓子なのだそうです。