眼力社の話~眼力社さんとは?~

眼力さんは京都伏見稲荷山の知る人ぞ知る神様で、眼の病と先見の明、商売と相場に御利益があると伝わります。

眼力社さんとはどのような神様?
眼力社お祀り お供え鳥居鳥居の石版

眼力社さんとは?

日本を代表する観光地のひとつ京都は1200年の歴史ある古都で、街中には世界的に重要な文化遺産を数多く残しています。そのひとつ伏見稲荷大社は全国の稲荷神社の総本宮で、商売の神様として有名です。初詣の参拝者数も関西で例年1、2位と人気が高く、平日でも多くの観光客が訪れます。

眼力社さんは、その創始として今なお人々の崇敬をあつめる霊地、稲荷山に祀られている神さまで、古くから「眼の病が良くなる」「先見の明・眼力が授かる」という御利益があるといわれています。そんな眼力社さんのもとには多くの御商売人、企業経営者、相場関係者らが全国からお詣りに訪れます。

眼力社正面

眼力社さんにお詣りすると、まるで禅をしたように気持ちが鎮まり、身体中の毒気が抜けたかのような清々しい気持ちになれることは、誰にでもすぐに感じることができる御利益です。一歩いっぽ眼力社さんまでの道を踏みしめていると徐々に日常の煩わしさが薄れていき、お詣りを済ませる頃には、生まれたての子供のように純粋無垢で汚れのない心に立ち返っていることに気づくでしょう。すると翌日からまた前向きな姿勢で日常生活を送ることができるようになります。「それは森林浴の効果」と考える方でも、一度お詣りしてみれば、他にも不思議な良いことがあるかも知れません。

本文を音声でお聞き頂けます

願掛けには

滝

はじめと終わり、最少でも2度参拝することが必要です。

よく神社ではお願い事をしてはいけないと言われますが、私個人的にはそうは思いません。なぜなら私自身が今までにたくさんの願い事を叶えていただき、家族の病気を完治させ、信じられないような奇跡を起こしてもらったからです。人生観そのものが変わり、うまく行くようになりました。

朱塗りの鳥居

そもそも稲荷信仰は昔から木や岩、滝などを崇拝する自然信仰として親しまれ、自然の精霊を神に見立て祈祷することでそれまで庶民には縁遠かった神事を身近にしたものです。特定のご神体を持たないため願い事の守備範囲も広く、あらゆる願望に応じてくれることから民間信仰として全国に広がりました。

稲荷信仰を否定するブログ

ここでは敢えてとても簡単な言葉を使って書いています。理由はお稲荷さんに関するいろいろな人のブログや辞典を調べてもらえばわかりますが、ネット上にはたくさんの誤解があふれています。ある人は祟りがあるからお稲荷さんを拝んではダメとか、またある人は〇〇神が日本に渡来し〇〇神と一緒に祀られたとかいろいろな見解で書かれてます。それは事実かも知れません。しかし実際に稲荷山で3代にわたって商売している人たちでもそこまで詳しくは知りませんし、語ろうとはしません。なぜならそれは拝む人の自由だからです。だから私KATOも「ああである、こうである」とは言いません。皆さんが感じたままにお祈りするのが一番だと思います。

縁結び祈願

病気回復、開運、福徳祈願、良縁。なんでも頼み方とお礼の仕方さえ間違わなければ叶えていただくことが可能でしょう。神様といえども人と同じ。初めてのご挨拶と叶った後の感謝にはきちんと礼を尽くしましょう。本格的な願掛けに行くならはじめと終わり、最少でも2回はお参りに出向くつもりでいてください。

逆にこれができない人は社会生活の中でも人からの信用が得られません。神様だから礼はいらないだろうと考えるのは自分に都合がよすぎる解釈です。

本気の願いとウソの願い

本気で拝むと必ず叶う眼力社の拝殿

神社での願掛けは叶う人と叶わない人に別れます。 その違いは「本気」かどうかです。

例えば口では本気だったのにという願いでも、叶わなかったり叶うきっかけが訪れないのは潜在意識で(叶うはずがない)と疑っていたり、(叶ってもらうと弊害がある)などどこかでその願いが叶うことを自分自身で拒んでいるのです。本当に心の底から求めることは叶います。眼力さんを信じ、心からお願いしてください。

逆に叶わない人(=願い事がない)は本当に幸せなことなのです。現在幸せなことに感謝するだけで良いのです。

なぜ祟りがあると言われるのか

狐さんは怖いですか?

信仰は人を救うためのものであり、けして怖がらせるためのものではありません。ですから私は稲荷信仰は祟りを起こす!というブログ記事やお話を見かけると悲しくなります。書いた人の恐怖心を感じるからです。

もし、お稲荷さんを信仰していてこれって祟られたのかも?という現象が起きたときは本人の不摂生によるものが大きいです。もしくはあなたに注意を促しています。

私自身、願掛けをした後にちょっとしたハプニングが起きて思ったのですが、はじめからお稲荷さんや眷属に対しわずかながら恐怖心を抱いていたために呼んだ「引き寄せ」ではないかと思いました。もしあなたにもそういうことが起こったら神のせいにする前に自分の習慣を見直し、気づくべき余地があることを真摯に受け止めてみてはいかがでしょうか?

実際に罰は当たるのか?

新元号は令和、緊張感を持って臨みたいですね

神仏に無礼を働くと罰は当たります。これは対人間と同じです。改めよということですので素直に認め、次からはしないことです。ちなみに罰はその人にわかりやすい形で表れます。気づかなければ今後その人の人生に支障が出るから教えてくれているのです。

稲荷山は神様の住む場所、神域です。靴を脱いだらそろえる、座敷に招かれたら正座する。神様に仕えている人(守役さんや巫女さん、警備の人含め神社で働いている人)には敬意を表する…など。人様のおうちに招待されたらどうするのかと同じです。

今年、新元号が令和に決まりました。万葉集によれば令の字には梅の季節が終わり春の暖かさがやってくる2月末のピンッと張り詰めた緊張感を表す意味があるそうです。また神のお告げを聞くという意味もあると言います。神様と向き合うときはこの気持ちが大切。適度な緊張と謙虚さを持ってご入山ください。

ご利益あるおみやげ

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